この記事の結論
- 研修医・卒後5年以内なら、日本医師会の医賠責はかなり安い。
- ただし日本医師会の医賠責には免責100万円があるため、少額の示談まで備えたいなら民間医局も比較したい。
- 入るタイミングはバイト開始前。院内勤務のみの研修医は、まずオリエンテーションで確認するといい。
研修医になったオリエンテーションで「医師賠償責任保険に入っておいてください」と言われ、急いで調べたことがあります。病院側もある程度の補償はしてくれているとは聞くが、個人で別途保険に入る必要があると言われて、何が違うのかよくわからないまま手続きした記憶があります。
病院が加入している保険と、勤務医個人の賠償責任を補償する「勤務医師賠償責任保険(医賠責)」は分けて考えた方がよいです。医療施設側の保険だけでは、勤務医個人の賠償責任まで常にカバーされるとは限らないからです。
選ぶポイントは卒後年数、年齢、免責金額の3点です。医師会には若手向けの大幅な減免がある一方で、免責100万円という条件があります。この3点が分かれば、自分に合う窓口はかなり絞れます。
なぜ病院の保険だけでは不十分なのか
医療事故では、医療施設側の責任だけでなく、実際に診療を担当した勤務医個人の責任が問題になることがあります。保険商品によっては、医療施設の開設者を対象にするものと、勤務医個人を対象にするものが分かれています。
バイト(非常勤・スポット勤務)になると状況はさらに複雑になります。勤務先や契約形態によって補償の範囲が変わる可能性があるため、「あの病院はちゃんと保険に入っている」という前提だけで判断しない方がよいです。
また、医師賠償責任保険では、損害賠償金だけでなく弁護士報酬や訴訟費用を補償対象に含めるプランもあります。保険を見るときは、賠償額の上限だけでなく、訴訟費用等がどこまで対象になるかも確認したいです。
※出典:民間医局「医師賠償責任保険」、エージェント・インシュアランス・グループ「勤務医師賠償責任保険」「医師・医療施設賠償責任保険について」(確認日:2026年5月7日)
どんな状況で訴訟になるかというと、必ずしも「明らかな医療ミス」だけではありません。
- 術後の合併症が予期せぬ経過をたどったケース
- カルテや同意書の記載が不十分で「説明を受けていない」と主張されるケース
- 検査結果の見落としや伝達ミスによる治療の遅れ
- 画像所見の解釈の違いが後になって問題になるケース
誠実に診療をしていても、患者・家族との認識のずれが訴訟につながることがあります。専攻医になって専門医研修を積みながらバイトをかけもちする時期こそ、個人の保険を持っておくタイミングです。
いつから入るべきか
一言で言うと「バイトを始める前まで」ですが、研修医の段階ではもう少し状況が分かれます。
初期研修医(院内勤務のみ)の場合、個人で別途入る必要があるかどうかは勤務先によって異なります。病院側の施設保険が研修医の院内での医療行為をカバーしていることもあります。確認の一番の近道は、オリエンテーションのときに研修部門の担当者か指導医に直接聞いてみることです。「個人で別途加入が必要ですか?」の一言で、その病院の方針がわかります。
外勤・バイトを始める専攻医以降は、加入を先送りにする理由がありません。バイト先の施設保険が自分をカバーしているとは限らないからです。目安にしやすいのは「バイト先の登録が完了した日」。初日の前日に慌てて調べるのでは遅いです。
院内勤務だけの時期でも、「いざとなったら加入できる」ではなく事前に選択肢を把握しておく方が安心です。
実際どのくらいの訴訟リスクがあるのか
最高裁判所の統計によると、医事関係訴訟の新受件数は2004年に1,110件のピークを記録した後、減少傾向にあります。2024年公表資料では、2022年は655件、2023年は610件(速報値)と報告されています。
※出典:最高裁判所「医事関係訴訟事件の処理状況及び平均審理期間」(確認日:2026年5月7日)
件数は減ってきているとはいえ、依然として年間600件超の訴訟が新たに起こされています。診療していれば、誰にとってもゼロではないリスクです。
訴訟になるとどうなるか
訴訟になった場合、患者側の請求が一部でも認められる「認容率」は、2022年は18.4%、2023年は20.0%(速報値)とされています。通常の民事訴訟は80%台なので、数字だけ見ると医療者側に有利に見えます。
ただし、判決まで争わずに和解で終了するケースが約5割あり、和解では金銭的な支払いが伴うこともあります。認容率だけを見て「勝てる」と思うのは少し楽観的です。
訴訟の平均審理期間は約26か月とされており、2年以上にわたって精神的・時間的な負担を抱えながら診療を続けることになります。弁護士との打ち合わせ、書類の準備、証人尋問への対応など、仕事以外の時間が大量に取られます。
※出典:最高裁判所「医事関係訴訟事件の認容率」「終局区分別既済件数」「処理状況及び平均審理期間」(確認日:2026年5月7日)
賠償金はどのくらいになるか
医療訴訟での賠償金は、後遺症の程度・患者の年齢・職業・収入によって大きく変わります。
- 後遺症が重い場合:将来の治療費・介護費・逸失利益が積み上がり、1億円を超えることがある
- 死亡事例の場合:逸失利益(収入年数×年収ベースで計算)に加え、死亡慰謝料などが発生する
- 若年患者の場合:逸失利益の計算期間が長くなるため、賠償額が高額になりやすい
高額な事例では1億円を超える損害賠償が問題になることもあります。
こうした訴訟リスクを踏まえると、勤務医では補償の上限を1億円で足りると見るか、2億円以上まで広げるかが大きな比較ポイントになります。
主な選択肢を比較する
医師賠償責任保険には大きく3つの窓口があります。
- 民間医局(メディカルプリンシプル社)
- 日本医師会
- 各種学会経由
それぞれのコスト・補償内容・利便性を順に見ていきます。
民間医局(メディカルプリンシプル社)
医師向けプラットフォームで、入会・年会費は無料。医師賠償責任保険はその福利厚生サービスの一つとして提供されています。
プラン・保険料
プランは4種類から選べます(2026年5月時点・参考値。最新は公式サイトで確認してください)。
| プラン | 1事故あたり補償額(保険期間中の上限) | 年間保険料 | 免責金額 |
|---|---|---|---|
| AB | 5千万円(1.5億円) | 32,310円 | 0円 |
| C | 1億円(3億円) | 41,660円 | 0円 |
| D | 2億円(6億円) | 47,710円 | 0円 |
| E | 3億円(9億円) | 53,360円 | 0円 |
※出典:民間医局「医師賠償責任保険」(確認日:2026年5月7日)。加入前に必ず民間医局の公式サイトまたは案内資料で最新条件を確認してください。
特徴と使い勝手
年齢・卒後年数による保険料の差がないのが大きな特徴です。研修医でも年配の勤務医でも同じ金額で入れます。免責金額はゼロなので、少額の示談でも保険が機能します。
手続きはすべてウェブで完結し、申し込んだ当日から適用が始まります(午後3時以降の申し込みは翌日から)。書類の郵送・記入・受領の手間がないのは、忙しい勤務医にとってかなり助かります。
また、産業医や学校医などの嘱託医活動も補償の対象に含まれており、サブの仕事が増えてきた専攻医にも使いやすいです。
民間医局への入会自体は無料で、医学書の割引(最大12%オフ)やアルバイト紹介など他の福利厚生サービスも利用できます。保険だけが目的でも、入会しておいて損はありません。
※出典:民間医局「医師賠償責任保険」(確認日:2026年5月7日)。福利厚生内容は変更されることがあります。
1億円と2億円の差額は年間6,000円
CプランとDプランの年間保険料の差は約6,000円(月500円程度)だ。補償額が1億円から2億円になって月500円しか変わらないと考えると、Dプランまで比較に入れる価値はあります。民間医局の公式ページでも、Dタイプは加入中の医師の2人に1人が選んでいると説明されています。
※出典:民間医局「医師賠償責任保険」(確認日:2026年5月7日)
日本医師会の医師賠償責任保険
日本医師会(および都道府県医師会)に加入している場合、A会員を対象とした日本医師会医師賠償責任保険制度を利用できます。支払限度額は1事故1億円、保険期間中3億円だ。
※出典:日本医師会「日本医師会医師賠償責任保険制度」(確認日:2026年5月13日)
年会費(保険込み)の区分
日本医師会の会費は、会員区分、年齢、卒後年数で変わります。以下は日本医師会の公式情報をもとにした参考値です(2026年5月13日確認。都道府県医師会や郡市区医師会の会費は別にかかる場合があります)。
| 対象(会員区分) | 日本医師会の年会費 | 医賠責の扱い |
|---|---|---|
| 研修医(A②(C)、減免後) | 15,000円 | 自動付帯 |
| 卒後5年以内・30歳以下(A②(B)、減免後) | 15,000円 | 自動付帯 |
| 卒後5年以内・31歳以上(A②(B)、減免後) | 36,000円 | 自動付帯 |
| 卒後6年目以降・30歳以下(A②(B)、通常) | 39,000円 | 自動付帯 |
| 卒後6年目以降・31歳以上(A②(B)、通常) | 64,000円 | 自動付帯 |
公式ページでは、研修医と医学部卒後5年間は会費の減免対象とされています。さらに、医学部卒後5年間を超えた研修医についても、令和8年4月1日から会費免除の対象になると説明されています。
年会費の詳細は日本医師会の公式サイトで確認できます(https://www.med.or.jp/doctor/other/000227-2.html)。
注意点:免責金額が100万円ある
日本医師会の保険には免責金額100万円が設定されています。公式ページでは、医療行為によって生じた身体の障害について損害賠償を請求され、その請求額が100万円を超えるものが対象と説明されています。
※出典:日本医師会「日本医師会医師賠償責任保険制度」(確認日:2026年5月13日)
たとえば、ある事案で患者側と80万円の示談で合意したとします。免責100万円のルールにより、この80万円は全額自己負担になります。示談金が100万円を超えない限り、保険金は一切支払われません。
ここは日本医師会の安さを見るときの注意点です。会費は安いですが、少額の賠償や示談まで保険でカバーしたい場合は、免責0円の民間医局なども比較した方がよいです。
補償上限を上げる特約はあるが、免責100万円は残る
日医医賠責の基本補償は1事故1億円のため、より高い補償を考える場合は、日医医賠責特約保険や民間の医師賠償責任保険も含めて比較する必要があります。
※出典:日本医師会「日医医賠責特約保険の内容」(確認日:2026年5月13日)
日医医賠責特約保険は、日医A会員の任意加入保険です。高額賠償に備えるため、日医医賠責保険と合算して1事故3億円、保険期間中9億円まで広げられます。ただし、公式情報上の年間掛金は主に勤務医個人でも20,000円で、免責金額は日医医賠責保険と合算して1事故100万円のままです。若手勤務医が「免責0円にしたい」という目的で使う保険ではありません。
※出典:日本医師会「日医医賠責特約保険の内容」「掛金とお支払い」(確認日:2026年5月13日)
各社の費用を年齢・キャリア別に並べると
日本医師会と民間医局のC・Dプランを横並びにすると、コストと免責金額の違いが見えやすいです(2026年5月時点・参考値)。
| 対象 | 日本医師会 (1億円・免責100万円) |
民間医局Cプラン (1億円・免責0円) |
民間医局Dプラン (2億円・免責0円) |
|---|---|---|---|
| 研修医 | 15,000円 | 41,660円 | 47,710円 |
| 卒後5年以内・30歳以下 | 15,000円 | 41,660円 | 47,710円 |
| 卒後5年以内・31歳以上 | 36,000円 | 41,660円 | 47,710円 |
| 卒後6年目以降・30歳以下 | 39,000円 | 41,660円 | 47,710円 |
| 卒後6年目以降・31歳以上 | 64,000円 | 41,660円 | 47,710円 |
※日本医師会の金額は「日本医師会の年会費に医賠責が自動付帯されるもの」、民間医局の金額は「保険料のみ」。都道府県医師会や郡市区医師会の会費は別にかかる場合があります。
研修医・卒後5年以内の時期は日本医師会がかなり安いです。ただし、免責100万円があるため、免責0円の民間医局とは条件が違います。
卒後6年目以降・30歳以下になると、日本医師会(39,000円)と民間医局C(41,660円)の差は小さくなります。免責100万円を許容できるか、免責0円を重視するかで判断が分かれます。
卒後6年目以降・31歳以上になると、日本医師会は64,000円になります。民間医局Dプランは47,710円で2億円・免責0円なので、保険だけで比較するなら民間医局がかなり強くなります。
各種学会経由のプラン(補足)
外科系・内科系を問わず、いくつかの専門学会が独自の医師賠償責任保険を提供している場合があります。所属学会によっては、民間医局や日本医師会より条件のよいプランが見つかることもあります。対象となる学会や保険料は学会ごとに異なり時期によって変わることもあるため、所属学会のウェブサイトや事務局に問い合わせてみるとよいです。
キャリア別の選び方まとめ
研修医・卒後5年以内
日本医師会(年間15,000円)が最もコストを抑えた選択肢になりやすいです。
ただし補償上限は1億円で、免責100万円があります。「1億円では心もとない」「少額の示談でも保険で対応したい」と感じるなら、この時期から民間医局に入るのも選択肢です。民間医局は入会無料なので、まず登録してプランを比較してから決めることもできます。
卒後6年目・または31歳以上になったら乗り換えを検討
日本医師会の年会費はこの区分から39,000〜64,000円になります。30歳以下ならまだ民間医局Cプランと近いですが、31歳以上では民間医局の2億円プランより高くなります。
民間医局 Dプラン(2億円・年間47,710円)は、コスト・補償・利便性のバランスを見たときに比較候補に入りやすい選択肢です。
次の一歩は1つだけ
まず自分の卒後年数と年齢を確認します。
- 研修医・卒後5年以内 → 都道府県医師会の窓口で、会費と医賠責の対象を確認する
- 卒後6年目以降・31歳以上、または免責0円を重視する人 → 民間医局の医師賠償責任保険ページで保険プランを確認する
まず卒後年数、年齢、免責100万円を許容できるかを確認します。それだけで候補はかなり絞れます。
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免責事項
記載している保険料・補償額・加入条件・訴訟統計は2026年5月時点の参考情報をもとにしています。保険料・プラン内容・統計数値は変更される場合があります。加入前に必ず各保険の公式情報または担当窓口で最新情報を確認してください。
医師会費の詳細は日本医師会(https://www.med.or.jp/doctor/other/000227-2.html)の公式情報および都道府県医師会、郡市区医師会の窓口でご確認ください。
この記事は特定の保険商品への加入を推奨するものではありません。保険の選択は個人の判断で行ってください。
参考情報・出典
- 最高裁判所「医事関係訴訟事件の処理状況及び平均審理期間」 https://www.courts.go.jp/saikosai/vc-files/saikosai/2024/240610-iji-iinkai/240610-iji-toukei1-heikinshinrikikan.pdf
(確認日:2026年5月7日) - 最高裁判所「医事関係訴訟事件の認容率」 https://www.courts.go.jp/saikosai/vc-files/saikosai/2024/240610-iji-iinkai/240610-iji-toukei3-ninyouritsu.pdf
(確認日:2026年5月7日) - 最高裁判所「医事関係訴訟事件の終局区分別既済件数」 https://www.courts.go.jp/saikosai/vc-files/saikosai/2024/240610-iji-iinkai/240610-iji-toukei2-syukyokukubunbetsukisai.pdf
(確認日:2026年5月7日) - 日本医師会「日本医師会入会のご案内」 https://www.med.or.jp/doctor/other/000227-2.html
(確認日:2026年5月13日) - 日本医師会「日本医師会医師賠償責任保険制度」 https://www.med.or.jp/doctor/sonota/sonota_etc/003368.html
(確認日:2026年5月13日) - 日本医師会「日医医賠責特約保険の内容」 https://www.med.or.jp/doctor/ibaiseki/tokuyaku.html
(確認日:2026年5月13日) - 日本医師会「掛金とお支払い」 https://www.med.or.jp/doctor/ibaiseki/kakekin.html
(確認日:2026年5月13日) - 民間医局「医師賠償責任保険」 https://www.doctor-agent.com/service/insurance
(確認日:2026年5月7日) - エージェント・インシュアランス・グループ「勤務医師賠償責任保険」 https://medical.a-gent.co.jp/doctor/index.html
(確認日:2026年5月7日) - エージェント・インシュアランス・グループ「医師・医療施設賠償責任保険について」
https://iroha-agt.com/pages/110/
(確認日:2026年5月7日)


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